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【食べ物フェア】KaBoS宮前平店

2017/09/11 10:31

衣・食・住。日本人は古くからこの3つを生活の基本と考えてきました。その中で、現在最も危ぶまれているのが「食」だと言われています。近年よく耳にする食糧問題は、現状どこまで起こっているのでしょうか。

「食糧と人類」の関係が最も反映されるのが人口だと言われています。現在地球には70億を超えるヒトが住んでいます。では、100年前の人口はどれくらいだと思いますか?一説によると、1900年の人口は20億人だと言われています。何万年もかけ20億人まで増えた人類が、どうして100年ちょっとで70億人にまで増えたのでしょうか。

それには人類の歴史が大きく関わっています。1900年代に起こったのが、化学合成肥料革命です。18世紀後半に人類は産業革命を通じて、変換可能なエネルギーを扱い始めました。そして1900年代に、農業に関する化学エネルギー変換、つまり化学合成肥料の開発が本格的に行われはじめました。それにより人間が手にすることのできる食糧の量が格段に増大しました。それこそが、現在70億人を超え15年毎に10億人も人口が増加する最大の要因なのです。

そして今、人類は新たな食糧問題に直面しています。例えばエネルギー不足により化学合成肥料が作れなくなり、十分な食糧が取れなくなってしまうとも言われています。もし、化学合成肥料が無くなったら、もとの人口20億人分の食糧を70億人が分け合う事になります。

それの解決策として「遺伝子組み換え作物」等がよく取り上げられます。遺伝子組み換えと聞くとネガティブイメージがありますが、もちろん長所もあります。世界の遺伝子組み換えで最も有名な企業が「モンサント」です。

エネルギーの枯渇は50年から100年で起こるという予測もあります。決して他人事ではない食糧問題、これを期にきちんとした知識を身につけてみてはいかがでしょうか。

KaBoS宮前平店

歴史への招待 71) 三成の不思議なる条々

2017/09/11 5:28:

不思議な依頼である。
30年も前の関ヶ原の戦いを当時の関係者に聞き歩き、三成が西軍の旗頭になれたのは何故か。三成のいくさ手立ては上手下手か。関ヶ原の道理はどちらにあったのか。 などを纏める仕事である。

なんのために。依頼者は名も理由も明かさない。
しかも聞く先の大名衆の指定があり、その大名衆の家来を探し出して聞き歩くのだ。
筆紙商の文殊屋は、戸惑いながらも依頼を引き受けた。

一人目は、福岡五十二万石黒田家中、関ヶ原当時鉄砲頭だった今は二百石取りの馬廻り衣笠三郎兵衛。
江戸の屋敷を訪れると、名前も名乗らぬ文殊屋に無礼を咎めるが礼金の多さに機嫌を直し語り始める。

上杉征伐に向っていた東軍は、三成の挙兵を聞き、取って返し、美濃国で東西両軍が対峙した。
東軍は家康本隊を赤坂の地に向え、大垣城に籠る三成ら西軍とにらみ合う。今にも城攻めが始まるのかと思いきや、夜中に陣触れがあり出陣となった。
賊軍(西軍)は大垣城から抜け出し西へ向かったため、追尾すると言う。
土砂降りの雨の中、四里ほど歩き関ケ原へ。
夜が明けると雨は小降りとなったが、濃い霧で何も見えない。八万の大軍の気配だけは濃厚だが、地理にも不案内で心細いことこの上もない。

霧が晴れないまま、鉄砲の音で開戦を知る。
敵を求めて右往左往するなか、やっと霧が晴れてきて、目の前には大一大万大吉の旗が。
なんと敵将石田三成の馬印ではないか。
しかも敵は、笹尾山を背にして高みを占め、とても急造とは思えない堀と土塁をめぐらした陣地に入っていた。
気づいた時には、もう遅い。一旦攻めかかってしまった以上、不利とわかっても後へは引けぬ。
引けばすなわち負けで、御味方は崩れ立つ。攻め続けるしかない。

鉄砲の打ち合いの後、お味方が敵陣に取りついたが、集中砲火を浴び退くと、敵が追撃してくる。一、二町も押し返すと、敵はさっと引く。
また、お味方が敵陣に取りつくが、押し返される。この繰り返しでお味方の損害ばかりが増えていく。
我が黒田家だけでなく、丹後の細川、伊予の加藤、藤堂など諸将が攻め寄せるが攻めきれない。結局戦は小早川の裏切りであっけなく西軍の総崩れとなった。

三成は豊臣家の奉行だったから太閤の威を借る狐で、太閤亡き後も豊臣家の威光で諸将を反家康に起ちあがらせた。
関ヶ原の布陣と、東軍をまんまと包囲の罠に誘い込んだ戦手立ては見事と言えるが、裏切りや日和見を見極められなかったうかつ者よな。
戦の道理は、もちろん権現様にあるに決まっている。天下を治める器量が勝敗をわけたのだ。


その他にも、福島正則家臣、関ヶ原には直接参戦しなかった加賀前田家浪人、真田家旧臣など、東軍方西軍方合わせて11人に、江戸だけでなく上方まで足を運び、同様の話を聞き書きした文殊屋は、何とか仕事を成し遂げた。

物語の最後に依頼主が明かされ、なぜこのような依頼がなされたのかも明らかになる。
依頼主は、三成ゆかりの人であるが、徳川幕府盤石の時代、皆が幕府に恐れおののくとき、この人がとった行動は驚嘆せざるおえない。
武士の矜持を最後にみせた人である。


「三成の不思議なる条々」岩井三四二著 光文社文庫 978433477515


橋本

歴史への招待 70) 孟徳と本初(三国志官渡決戦録)

2017/09/01 5:56:

官渡(かんと)の戦い。
三国時代「赤壁の戦い」「夷陵の戦い」「五丈原の戦い」と並ぶ、大決戦の一つ。
帝を擁する曹操と河北4州を従える袁紹が黄河支流、官渡水を挟んで対峙し、数か月に亘る激戦の末、曹操が袁紹を破り中原の覇権を確立する戦いである。

物語は、それよりずっと以前、二人がまだ若く官に付かないころの花嫁泥棒の話から始まる。
借財の形に嫁ぐ娘を不憫に思う袁紹の正義感を、曹操が煽り、若気が起こした企てだったが、花嫁をかどわかし逃げる途中のトラブルで窮してしまう。

窮地に陥ると、その人の本性が現れる。袁紹はいざとなれば父袁逢と袁家の名声でもみ消そうと計る。
財力に恵まれながらも、宦官の祖父をもつ曹操は濁流派の筆頭と目される家柄であり、家名を盾にすることは憚られ、自力で窮地を脱するしかない。
幼馴染でありながらも、名門生まれ袁紹と、新興勢力の曹操では、その境遇と発想には雲泥の差があった。

黄巾の乱後、暴君董卓との戦いでは、袁紹は家柄から反董卓軍の盟主となるも自らは戦わず、曹操は傘下の一将に過ぎなかったが、敗れたとはいえ董卓軍と一戦に及んだ勇気は諸将の賞賛を得た。
その後、群雄割拠の時代を迎え、袁紹はその名声から河北冀州を中心に4州を支配し、動員兵力80万を誇り、一方の曹操は帝を推戴し許都を都とし、豫洲ほか3州の一部を支配したが、動員兵力は15万程度で、その差は大きかった。

袁紹は、さらに拡大するには曹操を飲み込むしかなかったが、曹操の智謀を危惧し、また認めていたから大国の圧力により屈服させ自軍に取り込もうとし、曹操は彼我の力の差を自覚し、支配下の徐州など領内の安定を優先させたため、お互いに対立を避けた。

しかし、曹操に反旗を翻し敗れた劉備のもたらした帝の密勅により、状況が変わる。
帝の詔勅を託されながら、立たなければ、曹操を恐れ逃げたと言われ、袁家の名声は一気に地に落ちる。名家ゆえに勢力を保ち得ている袁紹は遂に曹操との戦いを決意する。

初戦の白馬の戦いでは、袁紹軍先遣隊に落とされた白馬の砦を、曹操は果断な対処で回復したが、袁紹軍本隊20万と10万づつの遊軍3隊が南下するに及び、白馬を放棄し官渡の砦に籠城する。
官渡の砦を落とされれば許都まで遮るすべはない。
大軍を擁しながらも、決戦を急がず櫓や土山を築き、矢戦により曹操軍に消耗を強いる袁紹軍は、王者の戦いを進める。
兵力差のある曹操軍は、防戦一方で、後方攪乱の部隊を出すも、袁紹軍に油断はなく、かえって兵力を損耗してしまう。

もはや、打つ手は敵の糧道を絶つことしかない。袁紹軍は大軍だけに兵糧を絶たれれば維持できない。再三、索敵部隊を出すがこれもことごとく失敗する。
おまけに自軍の兵糧が尽きようとしている。自軍に厭戦気分や裏切りの兆候さえ。万事休すかと思われた曹操を救ったのは・・・。


「孟徳と本初」吉川永青著 講談社 9784062206082


橋本

歴史新刊「ハプスブルグ帝国」

2017/08/29 19:31

「ハプスブルグ帝国」 岩ア周一著 講談社現代新書 978406288442

ハプスブルグという名の国はなかったが、ハプスブルグ家はヨーロッパでもっとも著名な王家の一つである。
16世紀、カール5世の時代には、神聖ローマ帝国皇帝としてオーストリア・ドイツを傘下に入れるだけでなくイタリア、スペイン、ネーデルランド(オランダ・ベルギー)、さらには新大陸、フィリピンまで支配し、「太陽の沈まない国」と呼ばれた。

そのハプスブルク家の起源は、12世紀フランス・ドイツ・スイス三国が境を接するライン川上流の豪族に過ぎなかった。
本著は、ハプスブルク家の由来から、次第に勢力を拡大し大帝国を築き、また衰退していくまでの1000年の物語である。

【宮下奈都さん新刊 『つぼみ』 待望の発売!!】

2017/08/23 10:08

宮下奈都さんの新刊『つぼみ』が発売になりました。
『スコーレNo.4』のスピンオフ作品3作を含む6作からなる短編集です。

どのお話も幸せの予感がたっぷりで、読んでいて、とてもさわやかな幸せな気持ちになります。
「私は私のつぼみがひらく」、そんなことを思って、心と体が軽くなったような、思わず鼻歌をうたいたくなるような気分です。

「背中を押してくれる」というよりは、「背中をさすってくれる」、そんなあたたかさとやさしさ、軽やかさがある作品です。

これからひらくつぼみたち、かつてひらいたつぼみたち、いろんな人の気持ちに寄り添ってくれる1冊、担当者が心からおすすめいたします!

『つぼみ』 宮下奈都 著、光文社、1620円、9784334911799

本店 樋口

歴史への招待 69) 決戦!関ヶ原

2017/08/21 6:08:

決戦!シリーズ第一弾の文庫版。
「決戦!関ヶ原」伊東潤他著 講談社文庫 978406293716

7人の作家が、7人の武将を取り上げ関ヶ原を描いています。
定説を覆す仮説あり、あまり取り上げられなかった人物に着目したりで、面白い「関ヶ原」を味わえます。
7本の短編でありながら、関ヶ原のキーパーソンの内面や行動をつぶさに描くことで、7本の短編が有機的に絡み合い、一つの作品「関ヶ原」に仕上がっています。

「人を致して」伊東潤
関ヶ原前に、家康と三成は裏で取引していた。
荒唐無稽とも思える仮説。裏取引は、豊臣家の武断派集団を一掃するため、平和な世には不要な集団を一挙に葬り去り、家康による天下の掌握と豊臣家の温存を計るための裏技だった。

秀吉が死に、後を託された利家が危篤となったころ、三成が密かに家康の元へ。
三成には利家亡き後、豊臣家に内紛が起こることが判っていた。加藤・福島ら武断派と三成らとの対立は、回避不能のところまで行きついていた。

三成は、家康の力で豊臣家の反三成派を戦場に引きずり出し一網打尽とすることで、豊臣家内での地位を盤石にしたかったのか、豊臣家の安泰のためには家康に天下を譲るほか道はないと本当に考えていたのか。

家康は、三成の罠を疑いながらも、人に致され続けた人生、今川義元、信長、秀吉と抑え込まれ続けた己の人生に決別すべく三成の誘いに乗る。

利家死後は、伏見城の攻防(鳥居元忠の奮戦:討死)以外二人の思惑通り進んで、関ヶ原を迎える。
三成は本当に武断派のみを叩くつもりだったのか。東軍敗色濃厚となった場合、家康との黙約を守る気持ちはあったのだろうか。

役者は家康が一枚上手だった。家康は事前に吉川広家の内応を取り付け毛利勢を封じ込め、小早川秀秋の裏切りをも画策していた。万一黒田、福島ら武断派が敗れたとしても、大垣あたりに退き、秀忠の徳川軍本体を待ち再戦すればよい。
しかし戦いは、小早川秀秋という切り札を切った家康=東軍が形勢を逆転し、勢いづく東軍は躊躇なく西軍=三成を叩き潰した。

関ヶ原の戦いは、わずか6時間で決し、終わってみれば東軍の圧勝となった。
もう決して人に致されることはない。人生初の安堵の笑みを浮かべた家康は、もう次の一手、この先の展開を考えていた。

この他に、
「笹を噛ませよ」吉川永青、「有楽斎の城」天野純希、「怪僧恵瓊」木下昌輝、「丸に十文字」矢野隆、「真紅の米」沖方丁、「孤狼なり」葉室麟、の6編。
いずれ劣らぬ錚々たる作家の「関ヶ原」もお楽しみに。

また、新刊「決戦!関ヶ原2」葉室麟他著 講談社 978406220457
も発売になっています。

PS:岡田准一さん主演(石田三成)の東宝映画「関ヶ原」が、8月26日(土)公開となります。
こちらの原作は、「関ヶ原」上・中・下 司馬遼太郎著 新潮文庫です。


橋本

歴史新刊「歴史の坂道」

2017/08/17 20:24

「歴史の坂道」中村彰彦著 中公新書ラクレ 978412150591

歴史作家、中村彰彦氏のエッセイ集です。
歴史の面白さは、華々しい合戦だけではない。歴史書や歴史小説には書かれていない裏話・余話を知ることは、歴史を表面的にとらえるだけに止まらず、そこに生きた人々をより深く知ることにも繋がっている。

中村氏のエッセイ集は、氏が小説・史論を書くために、史料を調査・発掘した過程で生まれた副産物のようなもので、内容は多肢にわたり非常に興味深いものです。

一例を挙げると、滝廉太郎の「荒城の月」の舞台は、会津の鶴ヶ城だった。
その他、全54編のエッセイ集。お楽しみください。

【おすすめCD&DVD】KaBoSベル店

2017/08/17 14:55

★★ディズニー&ジブリ&シング20%オフセール!!★★
「ファインディング・ドリー」「アナと雪の女王」などのディズニーDVD&ブルーレイや、
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また、8月2日に発売したばかりの「シング」のDVD&ブルーレイセットも
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KaBoSベル店

【おすすめ玩具:ハンドスピナー】KaBoS宮前平店

2017/08/17 7:57:

「あらゆる事象には因果がある。」
果たして本当にそうだろうか……因果の理から逸脱した存在は許されないのだろうか……


その反例を我々はすでに知っている。
因果律に縛られた私達を救済するかの如く颯爽と現れ、瞬く間に世界中の人々の心を鷲掴みにした存在。
そう、ハンドスピナーだ。

ハンドスピナーとはなにか。端的に説明すれば独楽のように回して遊ぶ、手のひらサイズの玩具だ。
それだけ?そう、それだけだ。しかしそこには無限の宇宙が確かに広がっている。

時計の針、対流、DNA、銀河、シャケ、そして輪廻……ミクロなものからマクロなものまで、この物質世界ないし概念世界の根幹を成すのはすべて螺旋、および円環構造により成り立っている。つまり回転とはこの世界、宇宙そのものなのだ。

ハンドスピナーを回し己の手の内に宇宙を感じること、それはすなわち禅に他ならない。

そしてそれが禅である以上、ハンドスピナーを回すことに目的や意義を問うのはナンセンスなのだ。

視野を広く持てだの、やたらと自意識の拡大や外側への指向性が謳われている現代社会。たまにはハンドスピナーを回し、己の内へと意識を持っていく時間があってもいいのではないだろうか。

KaBoS宮前平店

歴史への招待 68) 野望の憑依者(よりまし)

2017/08/11 6:47:

足利家執事、高師直(もろなお)と高氏(後の尊氏)は、足利勢二千を率い、総大将名越高家の元、反乱軍鎮定に向う五万七千の軍勢の一翼を担い、鎌倉を立ち上洛途上にあった。

1331年、元弘の乱で挙兵した後醍醐天皇は、鎌倉方の大軍に完敗し、隠岐へ配流されていた。
しかし、帝の三男護良(もりよし)親王を中心に、河内の楠木正成、播磨の赤松円心らが再度挙兵、反乱の野火は瞬く間に広がり、またも武力討伐をせざるおえなくなっていた。

こたびも鎮圧できるのだろうか。不安に思う師直は、高氏・直義兄弟に敵方を探るよう提案し受け入れられる。
案の定、宮方に付くものは多く、西国は反鎌倉一色に染まっているとの風説まで。
足利勢は後醍醐帝に内応を誓いながらも旗幟を鮮明にせず、日和見を決め込み、総大将高家が敗れると、宮方を表明し六波羅を攻め落とす。

尊氏と直義は、建武新政では多大な報奨と官位を得るも、政治の実権からは遠ざけられる。
尊氏は謀叛を疑われ追い詰められていくが、旧鎌倉勢力の反乱に乗じて、敵方を破り鎌倉に居座り、勢力拡大を図った。
尊氏が巻き返しの為、君側の奸新田義貞を討つことを表明し上洛軍を起こすと、後醍醐帝は尊氏・直義兄弟追討の綸旨を下し追討軍を差し向ける。

賊軍となったことで意気消沈引きこもってしまった尊氏。主君のいない上洛軍は、三河、駿河で大敗したが、師直が尊氏を奮い立たせたことで形勢は逆転、敵方の内応もあり箱根で大勝。
尊氏は勢いをかって上洛するが宮方奥州軍が到着するや、またもや逆転、京を落ち九州へ。
九州では、宮方を奇跡的に破り、反撃に転じ、兵庫湊川での大勝により京を回復する。

一連の紆余曲折を経て、尊氏は新帝より征夷大将軍に任じられ幕府を開き、後醍醐帝は吉野に退き南北朝の二帝時代に入る。
共通の敵がいなくなると、仲たがいを始めるのはいつの世も同じ。元々性格的にも合わなかった師直と直義は、足利政権ナンバー2の座をめぐって主導権争いが激化していく。

鎌倉幕府の政治を理想とする直義は、公家や僧侶と武士の共存を図り、しかも武功や能力よりも家格や嫡庶で武士を差別することが政権の安定につながると思っていた。
力=能力・実績のあるものを抜擢、優遇させようとする師直と、ことごとく対立する。

遂に二人の仲は決裂、先手を打ったのは直義。師直暗殺を企て未遂に終わるが、尊氏を動かし師直を隠居させ一切の政務から身を引かせた。
まさか直義が、自分の暗殺まで企むとは思わなかった師直の油断が招いた結果だったが、政権を掌握した直義にも隙が生じ、わずかニケ月後には師直の弟師泰に逆襲され尊氏の屋敷に逃げ込むことになる。

師直は尊氏邸を包囲するも迷っていた。
足利家家宰として尊氏一筋に仕えてきた自分と、力がすべて力あるものが天下を支配するという野望との葛藤の末、義直の隠居で決着させてしまう。
尊氏に対し非常になりきれなかった師直の手から、掴みかけていた天下はすり抜けていった。

その後、師直と高一族は、汚名と共に悲劇の結末を迎えることになる。

「野望の憑依者」伊東潤著 徳間文庫 978419894235


橋本