スマートフォン版を表示

K-ボイス

勝木書店トップへ戻る

キーワード: 全て表示 おすすめ プレゼント 絵本 JAN 歴史新刊 歴史への招待 故書探訪 店頭スナップ

【故書探訪4】金閣炎上

2012/02/23 12:38

『金閣炎上』(水上勉/新潮文庫)
 この本を取り上げたのは、何も水上勉が福井県出身の著名な作家だから、というわけではない。もちろん、郷土の文豪を偲ぶ気持ちがないわけではないけれど、現代の作家にはない、彼の文章につきまとう重苦しさが貴重だと思ったからである。他の作品にも共通する事だが、彼の文章には人が必死に生きる上での陰鬱な重みがある。しかも、それがけっして不愉快というわけではなくて、人が生きていく上で忘れてはいけない感覚を呼び覚ましてくれるような示唆がある。
 断っておくが、『金閣炎上』は小説ではない。金閣寺を燃やしてしまった「林養賢」という若い修行僧を追いかけたルポルタージュという形を取っている。全編を貫いている日本海の冬空のような重苦しさとは裏腹に、矛盾を抱える社会や自分の周辺の人々に対して、思いも寄らぬ行動を起こしてしまう青年僧と矛盾に築きながらもどうする事もできない大人たちとの対比が興味深い。著者もこの事件に明快な動機と結末を求める事はできなかった。三島由紀夫の『金閣寺』と読み比べてみるのも一興だと思う。残念なのは、いま古書店以外では入手が難しい事だ。

【故書探訪3】樅ノ木は残った

2012/01/12 18:06

実はこの小説、クライマックスの場面をずいぶんと待たされる。無口な原田甲斐が後半、だんだんと饒舌になると同時に最期が近づいてくるのである。それを「辞世の言葉」ととるか「往生際の悪さ」と取るか、これもまた楽しみである。人間は弱いものである。原田甲斐の周りの人達の気持ちも動揺し、あるものは病死し、あるものは無念の死を遂げる。「伊達騒動」という仙台藩のお家騒動を舞台にした忠臣物だが、ストーリーは長い間、淡々と進みクライマックスへと進む。この手の小説にありがちな格闘シーンや切った貼ったの場面はあまり多くない。それよりも原田甲斐の独特のダンディズム、女性との関わり形がやけに強調されているし、気になる。いや、やっぱり、生き方そのものがかっこいいのである。今年も甲斐のように運命の風を見ながら忍耐するとしよう。

9784101134642 (上巻)
9784101134659 (中巻)
9784101134666 (下巻)

【故書探訪2】『点と線』(松本清張/新潮文庫)

2011/11/28 10:35

 小説全体に流れているイメージが何となくモノクロだ。それは風景描写に色彩がないということではなくて、全編を流れるずっしりとした淀み、重たい雰囲気が昭和の今やレトロになった時代の空気だし、その頃TVから流れていたであろうドラマのイメージなのだ。あの頃私達は「キーハンター」や「特別機動捜査隊」や「ハングマン」等々、多分今見れば懐かしいだけの推理アクションドラマに夢中になった。高度成長の影で社会的弱者や私欲にまみれた金持ちたちを描いたドラマは、今思えばずいぶん社会派のドラマだった。いつの時代にもその時代の世相を反映した風刺作品はあるものだが、昭和の高度成長期をシニカルに描いた作家として松本清張の右に出る人はいないだろう。
 我々は純粋な推理作品としての楽しみと、昭和の時代世相を味わえるという二つの楽しみを持つことが出来る。しかもその両方ともが間違いなく最高品質だ。 978-4-10-110918-3

【故書探訪1】阿片戦争(陳舜臣・講談社文庫ほか)

2011/11/15 16:30

社会の衰退にはいろいろな理由があると思う。政治の堕落、官僚の腐敗・・・。しかし、そこに同時に進行しているのは必ず国民の無気力や無関心、社会に対する閉塞感だと思う。現代のの国際社会の中で、どんなに弾圧されても止むことのない民主化運動、自国の経済危機を目の当たりにして熱狂するヨーロッパの市民を我々はTVや新聞を通して知ることができる。すべてのことが事実かどうかは別として、彼らは自己や身内や仲間たちの生活や将来を防衛するために行動を起こしていることは確かだろうと思われる。その目を転じた日本の状況はまさに清時代の中国の「衰世」の状況に重なるのである。そんなふうに思いを巡らせながら読んだ陳舜臣氏の『阿片戦争』は私の胸をぐっと締め付ける。連維材や林則徐の生き方に感動を憶えると同時に真のリーダー不在の日本の状況が憂えてならない。さて、そうは言ってもこの作品は圧倒的な冒険ロマンである。主人公をはじめ登場人物たちの生き生きとした描写は私をこの小説の舞台に引き込んでくれるし、ハラハラさせられ通しのストーリー展開は息つく暇も与えてくれない。けっして窮屈なお仕着せの説教書ではないのだ。